シガーモヒート
昼前のバス停、並んで待った。終点は吉祥寺で、君とはそこでさよならする。学生と、おばあちゃんと、ママと赤ちゃん。君は背が高いから、ずっと見つめていた。冗談。なんであろうと、見つめていたかった。ずっと。
あの交差点を曲がったら駅前につく。呼吸の仕方を思い出したように肺に空気が混ざり込んでくる。変わらない無愛想な横顔。バスを降りて、何事もなかったかのように歩きだす君は。少しの満足と寂しさを誤魔化して笑った私は。いつもの通りだった。
何度も通った道のことを思い出して、君のことも考える。煙草の煙が染みた洋服の匂いも、くりくりの髪の毛も、大きな手も。太陽の下を歩くときは生きている気がするんだったよな。あの時も、今でも。
最近は、月がとても綺麗な夜が多くなった。上を向いて歩く日が増えたのかもしれない。海も山もあって、桜もたくさんあって、なんでもあるところに帰ってきてしまった。君はまだ生きているのかたまに不安になる。そもそも、存在さえ怪しいんだ、君は夜明け前みたいな人だった。私が思い出すときだけ、君は生きているんだと思うよ。
でもまあ、いいか、死んじゃっても。来世で会うって約束したから。またね。
時間が止まる
夜は短いなんて嘘に決まってる。だいだい色の明かりと、断片だけ選んだ春の嘘と、桜の花びらのじゅうたんと、くすんだ雨の匂い。新しい朝なんてもう何年も見ていない気がするよ。視力が落ちちゃったの。
それらしい理由をつけた話を信じちゃって、地下鉄の入り口の階段前。ずっと、待ってるよ。風が染みる。渋谷の匂いにも慣れてしまったよねって、バスを待ちながら笑った。ステンドガラス、暗いトンネルの向こう、静かな街。東京。
君らしい本音がとても居心地が良くて、それを断るのに随分と勇気が必要だった。適当なフリをするんだ、さよならはまだここじゃ似合わない。またね、が呪いのように聞こえて、ほっとした私はゆっくりと目を閉じた。